とても嬉しい出来事!!
 3月は暦の上では「春」ですが、今年は年明けにかなり冷え込んだために春の気配をあまり感じ取ることが出来ませんでした。天気は曇りの日が多く、種を播いた野菜の発芽が揃わなかったり、ジメジメした環境が好きな病気が広がったり、手のかかる月でした。夏野菜の種を例年よりも前倒しで播いたのですが、温度が足りなかったためになかなか芽を出しませんでした。暖かくなることを見込んで種を播いた水菜やわさび菜などが夜間の低温のためにとう立ちをはじめてしまい、慌てて次の種を播きました。昼夜の気温差が大きいとアブラナ科の野菜は花芽をつける性質があります。

 温度が上がってきた3月下旬になると、宿敵「ヨトウガ」やノネズミが姿をあらわしはじめました。去年の春〜初夏にかけてキャベツとサボイキャベツが徹底的にヨトウムシに食べられてしまいました。1日に100匹以上を捕獲しても翌日には何事も無かったように葉をボロボロに食べ荒らすヨトウムシ・・・一方、ノネズミはお米が芽を出し始めると夜間に巣穴から出てきて食べ荒らします。粘着テープで罠をしかけると捕獲することが出来ますが、ハムスターやリスが好きで子供の頃に飼っていたので、なんとなくかわいそうな気持ちになります。お米の苗がなければ、ノネズミは他の野菜を食べることは無いので害獣ではありません。むしろお米の苗をここで育てている私に問題があるのだろうか・・・でも他に場所は無いし、共存の難しさに複雑な思いです。

 しかし、先月のもやもやした気持ちと曇り空を一掃するような素晴らしい出来事がありました。いつも食育活動や野菜の絵画教室でお世話になっているHATAKE AOYAMAの総料理長である神保シェフの結婚式です。思い起こせば、神保シェフと初めて出会ったのは今から5年前の県内のある商談会の場でした。バックパック(リュックサック)を背負った色白のとても優しい感じの男性でした。正直なところ、どこかの飲食店やホテルの駆け出しの若いスタッフかな?という第一印象でした。私が試食で提供していた野菜を食べて、満面の笑みで「美味しいです!この野菜は何か特別な栽培方法で作られたのですか?」と質問されました。私は「農薬と化学肥料を使わないで育てています」と、ごく一般的な受け答えをしました。それでも熱心に質問してくる若者(→神保シェフのことです)に商談を持ちかけても、今後の野菜の販路拡大にはならないだろうと思い(←第一印象=駆け出し)、名刺をお渡ししてその場をしめました。商談会が終わっての帰り道、心から私の育てた野菜を賞賛してくれた若者(神保シェフのことです)のことを思い出し、とても気分が良くなったことを覚えています。

 後日、電話をいただいた時、その若者の正体が明らかになりました。千葉県のベイエリアにあるホテルの副料理長だったのです!その半年後には総料理長になるのですが、今まで出会ったホテルの料理長や料理人の印象とは180度違った印象でした。神保シェフの飾らず鼻にかけない人柄は今日もそのまま変わりません。神保シェフのそのお人柄が、私も含めて色々な人をひき付けて止まない重要な部分です。

 ご結婚されると聞いた時に「結婚式に来てくださいね♪」と言われましたが、社交辞令だろうと思っていたのですが、招待状が届いた時はとても嬉しかったです。そして、「披露宴の料理に使う野菜を珠樹自然農園にお願いします!」と言われた時には最高に嬉しかったです。

 神保シェフとの交流は商売という枠では捉えることが出来ません。場所と手法は違えども「食育」というキーワードをいつの頃からかお互い認識し、仕事をしていく上で重要な要素となりました。神保シェフの子供達に対する食育活動・・・田植えや稲刈り、小学校の屋上菜園での野菜作り、親子を対象とした料理教室などなど、謝礼を全く頂かないボランティア活動です。仕事で多忙なところに食育活動を詰めていくわけで結果として超多忙な神保シェフが出来上がります。お互い思うところは…「食」を変えるのには「10年後」を見据えて、今から子供達の食に対する意識や興味の種を播き、それを育てていかなければ間に合わない。老後になってから余力でとか、余裕が出来たらと言っている内に、食文化は完全に崩壊してしまうという危機感です。5月下旬に青山小学校の皆さんと神保シェフが再び田植えにいらっしゃいます。とても楽しみです。
                         農業生産法人 珠樹自然農園 農場長 常世田
珠樹自然農園の野菜はホームページからも購入いただけます→オンラインショップ

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徒然なり | 22:46:37 | コメント(0)
港区立青山小学校の素晴らしい取り組み
 今年の2月は、うるう年で1日多い分、少しは長く感じるかな?と思いましたが、あっという間に過ぎてしまいました。例年ならば、雪なんて望んでも降らない千葉県旭市で2回の積雪を記録した2月はとても寒く、晴れる日も少なく、3月になっても梅雨のような連日のすっきりしない曇天続き…野菜の生長が予想よりもかなり遅れてしまい、出荷する野菜の種類と量が増えずに悶々とした日々を過ごしていました。しかし、2月の下旬に都内の小学校で開催された公開授業に参加したことで、私は子供達から元気とパワーを分けてもらいました。

 この学校公開の趣旨は「生きてはたらく活用力を育む教育課程の創造」という題名を聞いただけでは難しく、私も含めて一般の方ではイメージがつきにくいのですが、簡単に言いますと「勉強して知識を増やすだけでなく、最新技術や農業を実際に自分達で経験し、良い面だけでなく、キツイ部分や大変な部分をも体験し、その結果を大勢の大人の前で子供達が発表する」というかなりしっかりした発表会でした。全国の小学校の先生方が200名以上も聴衆として集まり、周辺住民や都内の小学校の先生方を含めると、なんと600名以上の人々が会場である港区立青山小学校に集まりました。そのような大人でも緊張してしまうシチュエーションの中で発表する子供達のことを私はとても心配でした。そして、私自身もコメンテーターとして招待をいただいていたのでとても緊張していました。

 この港区にある青山小学校の皆さんとの出会いは、南青山にあるHATAKE AOYAMAの総料理長である神保さんが食育の授業を受け持つことになった昨年の4月でした。「田植えと稲刈りをしたい」という申し出を青山小学校の副校長先生からいただきました。私はとても心配でした。「都会の小学生はオタマジャクシを見たことがない。アメンボが刺すと思っている。」という話をテレビで見たことがあったからです。「本当に裸足で田んぼに入れるのかな?土手に座って弁当を食べさせても大丈夫かな…」しかし、観光バスに乗って千葉の片田舎まではるばる来てくれた子供達を見て、私の心配はすぐに吹き飛びました。元気いっぱいの挨拶をしてくれて、田んぼへ向かう道中も「樹木の緑が濃いな〜♪空気が新鮮だな〜♪」とても楽しそうな子供達。すでに顔見知りの神保シェフも当日、田植えに参加されていたこともあり、とても和やかな雰囲気で田植え実習を行うことが出来ました。さすがに裸足で田んぼに入った経験があるお子さんは居なかったので最初はキャーキャー言っていましたが、すぐに慣れて私が教えた通りに1株ずつ丁寧にお米の苗を植えてくれました。やり始めて一時間もすると「腰が痛い〜!疲れた〜!」という声が上がり、何人かはオタマジャクシを追い掛け回したり、泥遊びを始めたり…田植えを経験されたことがある方は分かるのですが、全身を使うかなりの重労働です。大人でも30分も田植えをやると翌日、腰痛や筋肉痛でになってしまう方が多くいます。

 その後、田んぼの畦でみんなでお弁当を食べながら雑談をし、食後は質問タイムです。「この田んぼ1枚でお米が何kg収穫することが出来ますか?」「無農薬で一番大変なことは何ですか?」という一般的な質問やさらに一歩踏み込んだ「コストと収入のバランス」「販売先や販路拡大の方法」という質問も出ました。この商売としての農業の位置づけを子供達に学ばせるということが、副校長先生が力を注いでいる「生きた授業」なんだなと、私はとても感心しました。農業が持っている良い部分…例えば自然とのふれあい、だけでなく、キツイ部分…田植えの大変さ、この自らが経験した大変さとお米を売ることで得られる収入とを比較し、費用対効果を小学生に学ばせるという生きた授業。私はこの子供達がとても羨ましくもあり、頼もしくも感じました。私達が小学生の頃は、頭をよくするための授業一辺倒であり、賢くさせるための授業というものはほとんどなかったように思います。彼らが大人になったら確実に農産物に対する「生きた目、生きた見方」をしてくれるなと思いました。

 子供達の発表は、限られた時間の中で活発に意見交換が行われ、特に「食料自給率の上昇もしくは維持」と「地産地消」に対して大きな関心を持っていました。彼らはある意味「農家」なのです。小学校の屋上で自ら無農薬野菜を育てて、収穫した野菜を販売し、翌年の種代や肥料代を稼ぐという商売を経験しています。ですから、「有機農業は環境だけでなく自分達人間にも優しく、おいしい野菜がとれる」という良い部分にだけ着目するのではなく、「有機農業のように収量収入が安定しない農業は食料自給率を支えることが出来ないから農薬や除草剤は必要である」ということも理解しています。そして私が最も感心したことは「都内での地産地消」という子供達の提案です。ビルや学校の屋上で有機野菜を作って、それを販売するという考え方はとても正しいし、なにより人口が集中している都内ですからこの上ない地産地消です。校庭の一部でも良いかもしれません。今回の子供達の発表を聞いた都内をはじめ全国の小学校の先生方は良い刺激を受けたかもしれません。

 今年も青山小学校の副校長先生と子供達、そして神保シェフが田植えと稲刈りの体験にいらっしゃいます。そして、この取り組みを知った旭市で3月にお店をオープンした料理人の方もぜひ参加したいとの申し込みがありました。子供達への食育活動、今後も出来る限りがんばりたいと思います。
 珠樹自然農園の野菜通販はこちらです→珠樹自然農園ホームページ

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徒然なり | 22:43:19 | コメント(0)
久しぶりのブログ更新です
「ブログの更新がないですね〜!」とお客様から指摘されてしまいました。なんと今年に入ってからの更新を全くしておりませんでした。不定期どころか季刊になってしまいました。
 いまさらながら…2月頃から書き溜めた「農園便り」を基に更新していきまーす。やはり不定期ですが…

 年の初めに何を書いたら良いのか?と、頭を悩ませているうちに1月が早々と終わってしまいました。例年なら、昨年を振り返ったうえで今年の抱負などを書いていたのですが、本年は一筋縄ではいきませんでした。やはり、震災のインパクトとその後の様々な影響があまりにも大きくそして長く、私の中に影を落としているからでしょう。しかし、年が明けたことで、ようやく気持ちの整理がつき、文面にあらわすことが出来るようになりました。

 震災が起きた当日、私は被害がほとんど無かった千葉市の方にいたのですが、その旭市への帰り道、たぶんもう一生見ることはないのだろうな…と思いますが、信号や街灯、店舗の照明が全て停電によって真っ暗闇になっていました。国道を通って帰ったのですが、千葉市へ向かう車の長蛇の列…結局、旭市に到着するまで車の列が途切れることはありませんでした。大きな交差点では、警官の方が手信号によって車を誘導していました。列を乱すこともなく、粛々とゆっくりと全ての車が進んでいました。この風景は、未だに夢の中に現れます。幻想的なようでとても寂しい情景は、私の中でとても衝撃的でした。

 帰宅した夜は停電のためにテレビを見ることが出来ず、携帯電話もつながらなかったために原発の事故のことや津波のニュースを知ることが出来ませんでした。水道も断水してしまい、余震におびえてロウソクの灯りを頼りに早く朝になることばかりを考えていました。ロウソクの灯りの色は心を落ち着かせてくれる効果と意外と灯りの熱が暖かいのだなということをその時に気づきました。翌日もまだ停電でコンビニやスーパーもほとんど閉まっていました。しかし、携帯電話が徐々につながり始め、知人の安否確認やお得意先の店舗が入っているビルが倒壊の恐れありで一時立ち入り禁止になってしまったこと、友人の家が津波で被害に遭ってしまったことなどを知りました。

 飲料水が底をついてしまったことと携帯電話の充電が残りわずかになってしまったので、日頃からお世話になっている旭市の農水産課へ行ってみました。役所なので自家発電をして水の配給もしているであろうという目論見は見事に的中したのですが、職員のほとんどは他の避難所などへ出払ってしまい、非常用の飲料水を積んだトラックが到着してもそれを降ろす職員がいませんでした。また、水を配給する人員も居なかったので知り合いの職員の手伝いをすることになりました。鍋ややかんを持った長蛇の人々に給水タンクで1家庭当たり2リットルまでという約束で水を器へ入れていたのですが、中にはだんなと奥さん、子供と3人が並んでいるような約束を守らない方も見受けられました。目ざとく発見した人が凄い剣幕で怒り、怒られた当事者が逆切れして「早いもの勝ちだ」などと子供の喧嘩のような光景を見ていて、「水が無いと人は生きていけないのだな」ということを改めて感じました。同時に水や電気といったライフラインが断絶してしまうことで、人の心はいとも簡単に不安定な状況に陥ってしまい、怒り悲しみという感情がすぐに表出するようになるのだということを感じました。

 その後に立ち寄ったコンビ二でも人々の争いを目にしました。冷凍の「中華まん」は、非常時には自然解凍して食べることが出来るらしいのですが、その冷凍中華まんを一人で100個分くらい買い占めている人がいました。後から来たお客さんが口々に「1袋分けてください」と言ったのですが、買い占めた方は「早いもの勝ち」と言って笑っていました。何も買えない人々の悲しそうなそして羨ましそうな顔…途上国で裕福な外国人旅行者を眺める貧しい現地の人の顔…と重なってしまい、悲しい気持ちになりました。

 震災の当日は、被害をほとんど受けていない地域からライフラインが途絶した地域への道中で見た風景、そして、震災の翌日に外出した先で経験したこと、その翌日には、津波で甚大な被害を受けた海岸沿いの地域への片付けボランティア、いつもの日常から離れた時間の中で「自分に出来ること、自分がしなければならないこと、自分はこうありたい」ということを考えることが出来ました。「もはや震災後ではない」という方が大多数だと思います。しかし、私は物事に迷ったり困ったりした時に震災当時のことを自然と思い出します。そうすると考えがまとまったり、迷いがなくなるような気がします。最後になりましたが、今年の願いは、「一日も早い被災地の復興と風評被害の縮小」です。そして、今年の抱負は「皆さんが美味しいと感動していただけるような野菜を育てること」です。今後とも珠樹自然農園の野菜をよろしくお願いいたします。

珠樹自然農園の野菜通販はこちらです→オンラインショップ

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徒然なり | 22:36:14 | コメント(0)
お世話になった皆様へ〜今後も頑張ります〜
11月は、約6年間続けてきた千葉市の店舗「FARMER’S MARKET」を閉店するための作業に追われ、また、年の瀬の足音が聞こえるにつれて、急に寒くなってくる季節でもあり、非常に慌しく時間が過ぎてゆきました。日没が早まることで日々の農作業を行うことが可能な時間もだんだんと短くなり、焦る気持ちを抑えながら、長年に渡ってお世話になった常連様へのご対応をさせていただいていると後ろ髪をひかれる思いでいっぱいになりました。しかし、珠樹自然農園が次のステップに進むために必要なことなんだと自分自身を強引に納得させながら毎日の業務に携わっていました。次のステップとは…どこに出しても恥ずかしくないくらいに野菜の質をあげることです。

 農業の世界に足を踏み入れてから今日まで、常に「野菜の質」という言葉は頭の片隅にありました。中学生の時・・・遠い昔ですが、欲しい物を買うために空いていた畑の一角でトウモロコシを作りました。農薬と化学肥料を使って、見栄えの良いトウモロコシを収穫することが出来たのですが、市場に持ち込んでビックリしました。時期がお盆を過ぎていた(出荷のピークを過ぎていた)こともあり、1本数十円で引き取られました。朝早くから何百本も収穫して、汚い葉やゴミを落とし、夕方ヘトヘトになっていたので大きなショックを受けました。収穫までに掛かった手間(畑を耕してから種を播き、収穫するまで80日くらい)と経費(農薬や化学肥料、ビニールマルチなどの購入代金)を考えると・・・とても立派なトウモロコシを収穫できたのに何でこんなに安いんだろう!中学生の頭でも理解することが出来ました。絶対に農家になってはいけない。骨折り損のくたびれもうけだなぁと・・・

その後、海外の貧困のニュースなどに衝撃を受けて国際開発系に進学しました。「どうしたら収穫量を上げることが出来るのか?」ということを絶対的なテーマにしていました。化学肥料や農薬を購入する余裕が無い農村において、その地域で入手可能な自然の資源、例えば、稲わらや落ち葉、家畜の糞尿などを肥料化したり、病虫害の対策についても山野草の中で毒性のある植物を自然農薬として利用したりという、私達が現在行っている農法の原点ともいうべき研究をしていました。その頃は、「野菜の味」について全く関心が無かったです。ともかく、途上国の農民がおなか一杯食べることが出来るようになるにはどうしたら良いのか?たくさん野菜を収穫することが出来れば、市場でたくさん売れて、お金も儲かるからやっぱり収量を上げれば良いんだ!・・・今、考えると非常に短絡的でした。

「農業の現実に打ちのめされた」ということと「途上国の有機農業」がバックボーンとなり、「直販をする有機農園」というスタイルが自然と決まりました。私達が農園を始めた6年前、農業は高齢化が進み、農産物の価格は低値安定、燃料や農業資材の価格は年々上昇という農業氷河期でした。そういった中で、ほとんど野菜が揃わない状況で「FARMER’S MARKET」を始めて、常連のお客様に可愛がられて、レストランや居酒屋、ホテルや結婚式場のシェフの方々にも野菜を使っていただけるようになりました。今でこそ、他の旭市の農家を誘って、都内のイベントやデパート販売など「千葉県旭市産野菜」として出店していますが、農園立ち上げ当初は、私、農場長は非常に排他的で孤高の農民を決め込んで、プライドだけは一流の嫌なヤツでした。早く農園を軌道に乗せたい!名前を世に広めたい!という一心でした。

反面、店舗では常連のお客様とほのぼのしたやり取り、お菓子を頂戴したり、世間話をしたり・・・それが商店を持つ当たり前の情景であると理解出来たのは、数年経ってからでした。ともかく気持ちにゆとりがなく、「畑は忙しいのにお店はイイ気なもんだ!」外食向けの出荷は、主に畑から農場長が行っていました。100gでも多く、1本でも多くという「量」を多く売るスタイルでした。一方、お店はというと「質」を売るスタイル。加工品についてもお客様へ詳しく説明を行い、 納得していただいた上で購入していただく。野菜やお米についてもポップに説明文を入れて1袋1袋丁寧に梱包、発送をしていました。当時は、「バカ正直だなぁ(←失礼な言葉すみません)」と思っていました。呼び込みでもして叩き売りでもして量をいっぱい売ったら良いのに!と思っていました。

ところが現在、「バカ正直」が私たちの農園の一番の売りかなと密かに確信しています。お店を構えていた6年間、結局、販売しているものは全て自分たちの農園で作ったものだけというスタンスを通してきました。八百屋であるならば、他からどんどん仕入れて品数を増やすのが当然です。でも、農園立ち上げ当初に決めたこと「=自分たちで野菜を作って自分たちの手で販売する。そして、自分たちで加工品まで作る」ということは大きな意味があったことに気づいたからです。というのも、3月の大震災の折、一連の放射能汚染という現実に直面し、一時はお先真っ暗になりました。きっと、お客様からも「汚染されている可能性のある野菜なんていらない!」と言われるんだろうなと思いながら、「野菜を今後も買っていただけますか?」という連絡をさせていただいた時、お店の常連のお客様はじめ外食関連のシェフの方々は「風評に負けないで!今まで通りで良いに決まっている!頑張れ!」と言ってくださいました。このときほど嬉しかったことはありません。そして、ここまで親身になって励ましの言葉をかけてくれるお客様に対して中途半端なことは出来ないという真摯な気持ちになりました。中でも、「全てを一貫して農園内で完結している珠樹さんの他に信頼できるところは無いです。珠樹さんの裁量でお願いしたい」という言葉を頂戴した時、「バカ正直って素晴らしい!」と思いました。

今まで見て見ぬふりをしてきた部分、本当に手がかけれなかったこと、今後やってみたいこと、野菜の「質」を上げるためにすべきことをしっかりと整理して、現在、私たちの農園の野菜を気に入って購入していただいているお客様はじめ今後、珠樹自然農園の野菜と出会う全てのお客様に対して「バカ正直」でいられるように頑張っていきます。
農薬化学肥料不使用の正直な野菜は→珠樹自然農園のHPを覗いてください

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徒然なり | 22:32:05
堪忍袋が小さくなったオジサンの小言〜最近の若いモンは〜
 9月の半ばに発生した大型の台風は日本各地に大きな被害をもたらし、畑のある千葉県旭市でも強風によってビニルハウスが全壊してしまった農家、せっかく秋冬野菜の種まきと植え付けをした畑が冠水してしまって播き直しや植え替えをする農家、稲刈りが終わっていない田んぼの稲が無残に倒されてしまった農家…改めて自然の猛威に対する恐怖感と人間の無力さを痛感しました。私たちの農園は、海水を含んだ風によって唐辛子や茄子、ピーマンやバジルの葉が「塩もみ」されたようになってしまい、さらに台風後に急に冷涼な気候になったことによって完全に枯れてしまった株や新芽が出ていてもいまいち勢いがない状況になってしまいました。幸いなことにビニルハウスは無傷でしたので、保険として育てていた野菜を収穫することが出来ました。

今年の夏を振り返ってみると野菜の収穫量は散々でした。連日の猛暑と干ばつによって野菜の根は、地中から水を吸い上げようと必死にがんばっていましたが、毎日、砂漠か砂浜のような高温状態(手で土の表面を触れないくらい…)にさらされていたので花をつけても実になる前に落ちてしまったり、茄子やトマトの実が小さいうちに割れてしまったりという苦しい状態に加えて、害虫の発生量が例年の3倍という泣きたくなるくらいの状況でした。葉物は、ヨトウムシとコナガ(蛾の幼虫)にメチャメチャに食い荒らされ、茄子やししとう、ピーマン、ミニトマトなどの果菜類も「明日には収穫できる大きさになるな」と思いながら翌朝を迎えると大きな食べ穴だらけにされてしまったり、枝ごと食われていたりと大きな被害を受けました。日中に見つけることのできた害虫は手当たり次第に殺すのですが、害虫を探していると数時間あっという間に経ってしまい、他の作業にしわ寄せが出来てしまうという負の循環に陥りました。しかし、誰に命じられた訳でもなく自分が好きで無農薬野菜を作っているのですから自業自得ということになります。「大発生する前に何とかならなかったか?発生源の早期発見と防除はできなかったのか?」自問自答を繰り返して、対処できなかった理由を探して…行き着く答えは「毎日とても暑くて、そこまで手が気が回らなかった…」でも、やれることはもっとあったはず!と涼しくなった秋空の下でつくづく思います。

「野菜を作って自分の手で販売をする」ということの難しさを農場長である私は最近痛感しています。というのも、震災以降、都内で販売を行う機会が増え、色々なイベントで販売を行っています。そこで感じたことは「その売り場やイベントで農薬と化学肥料を使わない野菜と米とハーブおよびその加工品を必要としているのか?買いたいお客さんはいるのか?」ということでした。例えば、9月の半ばに出店したベトナムフェスティバルは、見込み来場者数10万人という甘言に誘われて行ったのですが、そこで必要とされているアイテムは「ベトナムの…」雑貨や調味料などであって、「無農薬」を必要としている人はほとんど居ないのです。声をからしてお客さんの呼び込みを農水産課の職員の方々と共にしたのですが、売れ行きは芳しくなく、暑い中ぐったりとしていました。

そのイベントで非常に腹立たしいことがありました。今回、同じブースで旭市の物産を販売する観光課の職員の方々と一緒になったのですが、その中に色白で学生のような若者がパイプ椅子に足を組みながら居眠りしているではありませんか!他の職員の方に伺うと今年入った新卒の職員であるとのこと。「まだ慣れていないから」と気遣う職員の方は、どう見ても先輩であるにも関わらず、「起きろ!旭市の野菜と物産を売り込むぞ!」とは言えず(公務員法で言えないらしいです)…そのまま居眠りさせたまま…民間の自営業で、吹けば飛ぶような会社を必死になって支えている私は、1個数百円の商品が売れてホッとしている私は、正直なところ、その新卒公務員の横っ面を張り倒したくなりました。民間の会社ではとても考えられないことであり、とてもじゃないけど雇用されないでしょう。皆が暑くて汗を垂れ流しながら販売をがんばっているその裏の方の日陰で居眠りをしている新卒公務員…公務員であるから先輩職員から恫喝されることもなく許されていることですが、この青年の給料が市民から徴収された税金で支払われている現実は、とても納得いかないですね。

就職難で公務員が人気、警察官や裁判官も公務員です。学力試験や適正試験だけでは見えてこない本当の人間の価値、その人の心の器量、常識…そんなことまで厳しく試験をしていたら、だれも公務員にならなくなってしまうでしょう。結局、その新卒公務員の青年とは一言も言葉を交わさなかったです。朝の挨拶すら返ってきませんでした。話は変わりますが、隣のブースでは、気仙沼の津波の画像と写真を展示していました。若い気仙沼の職員の方が来訪者に熱心に真剣に気仙沼の現状と被害の大きさを説明している姿が非常に対照的で情けなくなりました。今回は、愚痴と批判のような文章になってしまい最後まで読んでいただいた方は誠に申し訳ありませんでした。歳を取るにつれて、私自身、堪忍袋が小さくなっていくのが怖いです。
農薬化学肥料不使用栽培のおいしい野菜は→珠樹自然農園のHPものぞいてください♪

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徒然なり | 22:41:14 | コメント(0)
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